さいごに のこった いとしさを。 ▼

ただいまです。帰りました。
小説だけど、このタイトルのつけ方。
今回の小説は一応DFYK。
今回からワンクッションにしまする。



俺は彼女を見かけた。
はたから見たら、人型の黒い影にも見える。
彼女は本を読んでいるようだ。
彼女に近づこうと、一歩足を踏み入れると、
床は老朽化が進んでおり、
ギィっと鈍い音を立て、少し沈んだ。
その音に、彼女は細い体を一回細かく振るわせたが、
振り返る様子はなかった。
鈍い音を軽く鳴らしながら彼女に近づき、
黒い衣装に包まれた白くて細い肩を叩き、問いかけた。
「何読んでるんだ?」
「あの子の小説」
「…そうか」
彼女はそう答えた。…小説、ね。
そうは言うもの、彼女の持った本は…
前半は時に乱暴に、時に丁寧に、破られていて、
後半の、彼女の読んでいる頁には、
雫が落ちたような染みがついている。
そもそも、その頁は白紙である。
普通の人間は、それを小説と呼ばない。
「あの子の小説…」
彼女が口を開く。
「読まなければならないの。最後の最期まで」
彼女は白紙の頁を捲り、またも白紙の頁を読みだした。
「読むと決めたの。全てを、」
ひとつ、ふたつと本に染みが出来た。
頁はまた捲られる。
彼女はまた、口を閉ざした。
「…どうして?」
聞いて良かったのか?そう思った。
「約束…だからね。完結まで読むと」
彼女はそう答えると、残り少ない頁をまた捲る。
「約束、か。完結はどこだ?」
「完結しないよ。でも、最後まで読むの」
「…そうか」
彼女は遂に、その本の最終頁を開き、
…今までで一番の染みを作った。
「…とても、良い話だった……」
彼女は本を閉じ、それを抱きしめた。
俺は最終頁の言葉を読んだ。
「To be continued.…続く、か。」
「うん、まだまだ続く。それは、またいつか」
「ああ…」
俺は、俺が着ている黒い服を整えた。
彼女が鈍い音を立て、歩いて行く。
俺も、鈍い音を彼女より大きく響かせ続いた。
老朽化の進んだ床板に、雫が幾つも滴り落ちた。